大阪地方裁判所 昭和34年(ワ)4546号 判決 1963年1月17日
主文
原告の第一的請求を棄却する。
被告は原告に対し金二十九万二千八百円及びこれに対する昭和三十六年三月二十四日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告の負担とする。
この判決は、原告において金十万円の担保を供するときは、かりに執行することができる。
事実
第一、当事者双方の申立
一、原告訴訟代理人は、
第一次請求として、被告は原告に対し、金三十万円及びこれに対する昭和三十四年七月十一日以降完済に至るまで、年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする、との判決と、仮執行の宣言を求め、
第二次請求として、主文第二、第三項同旨の判決と、仮執行の宣言を求めた。
二、被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却する、訴訟費用は、原告の負担とする、との判決と、被告敗訴の場合には、担保を条件とする仮執行免脱の宣言を求めた。
第二、当事者双方の主張
原告訴訟代理人は、
一、第一次請求の請求原因として次のとおり述べた。
(一) 原告は被告会社振出にかかる左記約束手形(以下本件手形という)の所持人である。
金額三十万円、支払期日昭和三十四年七月十日、支払地京都市、支払場所株式会社三和銀行京都支店、振出地京都府亀岡市、振出日昭和三十四年四月二十日、振出人被告会社、受取人第一裏書人都島シルバーモータースこと池田誠宏、第二裏書人池田繁一、第二被裏書人原告金庫
原告は右手形の所持人として、支払期日に支払場所に呈示して、支払を求めたのに、その支払を拒絶された。よつて被告会社に対し右手形金三十万円及びこれに対する支払期日の翌日である昭和三十四年七月十一日以降完済に至るまで、手形法所定の年六分の割合による法定利息の支払を求める。
(二) かりに本件手形は、被告会社の代表取締役川本直水が振出したものではないとしても、右振出当時、被告会社の常務取締役であつた訴外服部保夫が、右代表者川本の委任により代理振出したものである。
即ち、被告会社の代表取締役川本直水は、本件手形が振出された当時は、被告会社の親会社である、訴外京聯自動車株式会社の代表取締役であり、同人は、右訴外会社の業務に専念していたため、被告会社の業務は前記常務取締役服部保夫に委任し、被告会社の代表取締役の記名印、印鑑等は、服部がこれを保管し、被告会社振出の手形又は小切手は服部が、右印鑑等を使用して、いわゆる署名の代理の方法で振出していたものであり、本件手形も服部が、被告会社の資金借入のため、訴外池田誠宏こと池田繁一に振出交付したものである。
(三) かりに服部の本件手形の振出がその代理権の範囲を越えもしくは服部の偽造にかかるものとしても、受取人である前記池田は、服部に本件手形の振出につき、権限があると信ずるにつき正当な理由がある。
即ち、服部が被告会社の代表取締役川本直水の委任により従来から被告会社の業務を掌握し、被告会社の手形振出の権限を有し、現に被告会社名義の手形を振出していたことは、前記(二)において述べたとおりであるから、服部が本件手形の振出につき、その権限を越え、もしくは冒用していたとしても、池田は、本件手形は服部が、その権限の範囲内で振出したものと信じて、これを取得したものであり、また池田が、かく信ずるについて過失はなかつたものというべきである。したがつて被告会社は、原告に対し、本件手形につき、民法第百十条により振出人としての責任を免れることはできない。
かりに池田にかかる正当な理由がなかつたとしてもつまり、受取人に表見代理の要件が具備しない場合においても、その後の手形取得者に表見代理の要件が備わつていれば、手形の流通性、したがつてまた手形取引安全の法理からいつて、振出人は、その者に対して手形上の責任を負うべきものと解すべきであるから池田の依頼により善意無過失に本件手形を割引取得した原告に対しては、被告会社は、民法第百十条により手形上の責任を免れ得ない。
(四) かりに、右主張が理由がないとしても、服部は前記のとおり、常務取締役の名称を附された被告会社の取締役であるから、服部の本件手形の振出行為については、被告会社は、商法第二百六十二条によりその責に任ずべきである。
(五) かりに以上の主張が理由がないとしても、服部は前述のとおり被告会社の代表取締役川本直水に代り、実質上被告会社の業務を掌握執行する一切の権限を有していたものであるから、商法第三十八条にいう支配人に該当する。したがつて服部の行為については、被告会社は、その責任を負うべきである。
かりに服部が、被告会社の金銭借入のため手形の振出を代理することが許されていなかつたとしても、それは支配人の代表権に加えた制限であるから、被告会社は右制限を知らなかつた原告に対抗することができない。
以上(一)ないし(五)に記載したとおりであるから、原告は被告に対し、本件手形金及び利息の支払を求める。
以上のとおり陳述し
二、第二次請求の請求原因として次のとおり述べた。
被告に、本件手形上の責任がないとしても、原告は被告に対し被用者の不法行為に基く、使用者としての損害賠償義務の履行を求める。
即ち服部が、被告会社の代表取締役川本直水から被告会社のため、手形振出の権限を附与されていたことは既に述べたとおりであるから、本件手形は、服部が右権限を越えて振出したものとしても、服部の右行為は、被告会社の被用者たる服部がその事業の執行につきなした不法行為というべきである。ところで、原告は、本件手形を前記池田繁一から、手形金三十万円から、その割引日である昭和三十四年四月二十二日以降支払期日である同年七月十日まで計八十日間の百円につき一日金三銭の割合による利息七千二百円を控除した金二十九万二千八百円を割引金として右池田に交付し、割引取得したものであつて、原告は、本件手形の支払拒絶及び右池田の無資力による償還義務の履行不能により右割引金二十九万二千八百円相当の損害を蒙つた。右損害は被告会社の被用者である服部が被告会社の事業の執行につき故意により原告に加えた損害に外ならないから、服部の使用者である被告会社に対し、右損害金及びこれに対する右損害発生日の後である昭和三十六年三月二十四日以降完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
以上のとおり陳述した。
被告訴訟代理人は
一、原告の第一次請求の請求原因(一)ないし(五)に対する答弁として順次次のとおり述べた。
(一) 本件手形に原告主張の如き記載があることは認めるが、本件手形は被告会社が振出したものではない。
(二) 本件手形は昭和三十四年五月二十五日まで被告会社の代表権をもたない常務取締役であつた服部保夫が自己の必要のため被告会社の代表取締役の印鑑等を冒用して作成した偽造手形である。
即ち、服部は、被告会社の代表取締役の記名印、印鑑等を保管し、日常の会社業務については、右印鑑等を使用して、被告会社の業務を代行することを代表取締役川本直水から委されていたが、被告会社の金銭借入に関しては、一切委されておらず、したがつて被告会社の金銭借入のため、手形の振出を代行することは、服部の権限ではなかつた。ところが服部は、昭和三十一年三月以後、丹波一の宮出雲大神宮の宮司にも就任し、昭和三十三年二月飛騨高山の大湧金山の鉱業権が出雲大神宮に奉献せられるや服部は、同神社の事業として右金鉱の開発に乗出し、自己の借入金のほか、被告会社の代表取締役の印鑑等を冒用して振出した約束手形の割引金を右金鉱の開発資金に投じて来たが割引手形の決済や、資金繰りに窮し、その後も引続き数十通の被告会社名義の約束手形を振出したものであつて、本件手形はそのうちの一通である。つまり本件手形は、服部が被告会社のためにする意思をもたず、自己のために被告会社の代表取締役川本直水の記名印、印鑑等を擅に冒用して振出した偽造手形というべきである(大審院昭和八年九月二十八日判決、法律新聞三六二〇号七頁)。
代表取締役の如く、広汎な会社代表権を有する取締役については、たとえ私腹を肥やす目的で権限を濫用して手形を振出した場合においても手形の偽造とは解し得ず手形振出行為の客観的性質から判断して会社に手形上の責任を認める余地があるけれども、代表権のない常務取締役は代表取締役の委任に基いてのみ代表取締役名義の手形を振出し得るのであつて、服部が自己の利益を得る目的で振出した本件手形は、偽造であるといわなければならない。
したがつて被告会社は本件手形について責を負う限りではない。
そして偽造手形については、民法の表見代理に関する規定は、類推適用されないものと解すべきである(最高裁判所昭和三十二年二月七日判決、判例集十一巻二号十五頁)。蓋し偽造行為は、本人のためになされていないのであるから、偽造行為につき、本人のためになされた行為であることが前提となつている表見代理に関する規定を類推適用する合理的根拠がないからである。したがつて、この点からいつても、被告会社は、本件手形について手形上の責任はない。
(三) 民法の表見代理に関する規定が本件に適用ないしは、類推されないことは、右に述べたとおりである。
かりに原告主張の如く、民法第百十条の規定が適用ないしは類推されるとしても、手形行為につき、同条の代理権ありと信ずべき正当の理由を有する第三者とは、手形行為の直接の相手方に限られ、その後の手形取得者は含まないものと解すべきである(最高裁判所昭和三十六年十二月十二日判決、判例集十五巻十一号百二十頁)。ところで本件手形は、服部が昭和三十四年三月十日頃前記池田誠宏こと池田繁一及び訴外高瀬三郎の両名に対し、自己が被告会社名義の約束手形を振出して割引を受け、これを前記金鉱開発資金の調達や自己の借入金の決済にあてている窮状を説明し、右両名に今後の金融の斡旋を依頼した上、右池田繁一に宛てて提出したものであつて、受取人池田は本件手形は、服部が自己の利益を得る目的で振出したものであることを振出当時知りながらこれが振出交付を受けたものである。つまり池田は、服部が本件手形を振出す権限のないことを知つていたものでありしたがつて池田は、服部に本件手形の振出の権限があると信ずべき正当の理由を有しないのである。故にその後の手形取得者である原告は民法第百十条にいう正当の理由を有していたと否とにかかわらず同条により被告会社の責任を追及することはできない。
(四) 商法第二百六十二条の規定は当該行為が本人のためになされたことと、社長、副社長、専務取締役、常務取締役等が、その名義を以てなしたる行為なることがその前提である。しかるに本件においては服部は、本件手形を振出した当時、被告会社の常務取締役であつたとはいえ、既に述べた如く、本件手形の振出は、服部が自己のためしかも、被告会社の代表取締役の記名捺印を無権限で冒用してなしたものであつて、常務取締役の名義においてしたものではないから、本件においては、右商法の規定が適用される理由はない。
(五) 服部が原告主張の如く、商法第三十八条にいう支配人であるとしても同条により服部の行為につきその効力が被告会社に生ずるのは、服部の行為が被告会社のためになされ、また支配人たる名義でなされたことを要するにも拘らず、服部の行為が、いずれも右要件を欠いでいることは、前記(四)に述べたところと同一であるから、服部が被告会社の支配人であることを前提として被告会社に本件手形上の義務の履行を求める原告の主張は失当である。
かりにそうではなく、服部に対する被告会社の金銭借入れのための手形振出の禁止が、支配人の代表権に加えた制限であつて、原告がこれを知らなかつたものとしても、本件手形が偽造手形であることは既に述べたとおりであり、商法第三十八条第三項が手形偽造の場合にまで類推適用されるいわれはない。
かりに然らずとするも、商法第三十八条第三項にいう第三者とは、手形行為については、直接の相手方のみに制限すべきものであるから、本件手形振出の直接の相手方たる前記池田から、更にこれを取得した原告は、右にいう第三者ではない。したがつて原告のこの点に関する主張も失当である。
以上のとおり陳述し、
二、原告の第二次請求の請求原因に対する答弁として、次のとおり述べた。
既に述べた如く、本件手形の振出当時、服部は被告会社の常務取締役であつて、被告会社の金銭借入以外の業務はその自由裁量に委されていたものであつて、被告会社との間に、何等命令、服従の関係はなかつたのであるから、服部は民法第七百十五条にいわゆる被用者に該当しない。したがつて、同条により被告会社に対し、使用者としての損害賠償を求める原告の請求は失当たるを免れない。
以上のとおり陳述した。
第三、証拠関係(省略)
理由
第一、先ず原告の第一次請求について判断する
(一) 本件手形振出の事情について、
甲第一号証(本件手形であつて、表面振出人欄の記名捺印が、被告会社の記名印及び代表取締役印によるものであることは当事者間に争がない)の記載、成立に争のない乙第二ないし第五号証(但し乙第三号証はその一部)証人服部保夫の証言により成立の認められる乙第一号証、証人服部保夫、同池田繁一(一部)の各証言を綜合すると、次の事実を認めることができる。
被告会社は、京都府亀岡市に本店をおく国際観光保津川下り通船、料理旅館、土産物等販売、船舶による貨物運送、土木建築等の営業を目的とする株式会社であつて、訴外京聯自動車株式会社の子会社であるが、被告会社の代表取締役川本直水は、右訴外会社の代表取締役を兼ねていた。
服部保夫は昭和二十八年二月から昭和三十四年五月二十五日までの間代表権のない被告会社の取締役であつて、被告会社本店において主として営業部門を担当し、常務取締役の名称を使用するを許されていた。ところで被告会社の運転資金は、親会社である前記訴外会社から借入れることになつており、被告会社の営業経費の支払については、服部が毎月一、二回前記訴外会社に出向き被告会社の代表取締役川本直水や専務取締役川本保の決済、承認を受けた上代表取締役川本直水の委任に基き、服部が保管を託されていた代表取締役の記名印と印鑑とを代理使用し、約束手形を振出していたが、服部は、被告会社の資金を調達し、あるいは、資金調達のため手形を振出す権限は、もつていなかつた。服部は、右の如く、被告会社の営業事務を処理するかたわら、昭和三十一年三月以後、丹波一の宮出雲大神宮の宮司に就任していたが、飛騨高山の大湧金山の鉱業権が、同神社に奉献せられるに及び、同神社の復興及び右金鉱の開発に乗出し昭和三十四年三月中旬頃、同神社の広瀬前宮司の知人である訴外高瀬三郎及び右高瀬を介して知合つた池田誠宏こと池田繁一の両名に、前記神社の復興資金並びに同神社の事業としての前記金鉱開発資金調達の目的を説明し、これが資金調達のため、被告会社振出名義の約束手形を他で割引いて貰い度い旨、金融の斡旋方を依頼し服部はその後、前示のとおり、保管を託されていた被告会社の代表取締役川本直水の記名印及び印鑑を使用し、被告会社名義の本件手形を作成し、他の同種約束手形約十通とともに、前記池田もしくは高瀬の両名に振出交付したこと、そして本件手形は、受取人池田から、昭和三十四年四月二十二日、割引のため原告に裏書譲渡せられたものである。
以上の事実を認めることができるのであつて、右認定に反する乙第三号証(池田繁一の他事件における本人尋問調書)の記載部分及び証人池田繁一の証言部分は、前示証拠と対比して信用することができず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
(二) 服部の本件手形の振出は、無権代理であるか、或は偽造であるかの点について、
被告は、本件手形の振出は、服部が偽造したものであるから、被告会社は手形上の責任を負担しない旨主張するので、検討する。元来、手形行為の代理は、代理人が本人のためにすることを示し、手形上に自己の署名又は記名捺印をなすべきものであり、手形偽造は、権限なく、手形上に他人の署名又は、記名捺印を顕出するものとの見解に立てば、無権限でなされた手形行為について、無権代理と偽造とを区別することは容易である。しかしながら、代理人が手形上に直接本人の署名又は記名捺印を顕出してなしたる手形行為を、いわゆる署名の代理として、有効な手形行為と解することは、大審院以来現在に至るまで一貫する確定的判例であるからこの立場を是認する限り署名の代理の方式によりなされた手形行為につき、行為者に代理権のなかつた場合には、これを無権代理と解する余地が生ずるのであつて、手形偽造との区別は、明白でなくなるけれども、右両者の区別の標準は、無権限者により直接本人名義でなされた手形行為について、行為者が本人のためにする意思を以てしたと認むべき事情があるか否かにこれを求め、本人のためにする意思即ち本人にその効果を帰せしめる意思を以てした場合を無権代理となし、これに反し、自己のためにする意思即ち自己を被偽造者自身と詐る場合を偽造と解すべきものと考える(前示大審院昭和八年九月二十八日判決、参照)
かくの如く、無権代理と偽造との区別の標準を、行為者の内心の意思如何におくことに対しては、妥当でないとの反論が当然予想されるけれども、内心の意思とはいえ、手形取引における行為者の意思は、その行為の時における客観的具体的事情により、その相手方において、これを知り得るのを通常とするから、前記の如き区別の標準は、相手方の保護もしくは取引の安全に欠けるところはないものというべきである。
今、以上の見解に立つて本件を見ると、既に前記(一)において認定した如く、服部は、被告会社の営業経費支払のため代表取締役川本直水の記名捺印を代理して、約束手形を振出す個別的代理権を有していたにすぎず、被告会社の資金調達のため手形を振出す権限は有していなかつたものであるが、自己の関係する神社の復興並びに金鉱開発の資金調達の目的で、無権限で、被告会社の代表取締役川本直水の記名印及び印鑑を使用し、被告会社がその資金調達のため手形を振出す外観を装い、本件手形を提出したものであつて、自己を被告会社の代表取締役川本直水と詐つて、本件手形を振出したものではないから、服部の本件手形の振出は、無権代理行為であり、手形の偽造ではないものといわなければならない。
したがつて本件手形が偽造手形であることを前提とする被告の主張は失当であつて、到底採用することができない。
(三) 原告の民法第百十条の表見代理の主張について、
本件手形の振出が、服部の無権代理行為であることは、右(二)に説示したとおりであるが、原告は、本件手形の受取人池田繁一及び同人から本件手形を取得した原告には、服部に、民法第百十条にいう代理権ありと信ずべき正当の理由があつたから、被告会社は、本件手形上の責任を負うべき旨主張するので検討する。
既に認定したところで明らかなように、服部は、本件手形の振出にあたり、被告会社の代表取締役川本直水の記名捺印を代理したものであつて、服部は代理人であることを本件手形に表示していないばかりでなく、服部が受取人池田に対し、自己が代表取締役の記名捺印を代理した旨を告げた事実或は、池田にそのことが判つていたと認めるに足りる証拠はない。したがつて池田が、服部に記名捺印の代理権があると信じたということは考えられないことである。かりに池田が、服部において本件手形の振出に、被告会社の代表取締役の記名捺印を代理したことを知つており、且つ服部にその代理権があるものと信じたとしても、池田は前記(一)に認定した如く、本件手形を服部から受取るに当り、本件手形は、出雲大神宮復興並びに大湧金鉱開発の資金調達の目的で、その割引方を依頼されたものであるから、池田としては国際観光、保津川下り通船等の営利事業を目的とする被告会社が、右事業目的と何等関聯性のないものと認められる前示事業資金調達の目的で手形を振出したことに疑念をいだくのが通常であつて池田が少しく注意をし、調査すれば、服部に本件手形を振出す代理権限のないことが容易に判明したものというべきである。そうすると、池田には、服部に、本件手形を振出す代理権限があるものと信ずるについて、正当の理由はないものといわなければならない。
次に手形行為について、民法第百十条の表見代理の規定を適用するに当つて、同条にいう代理権ありと信ずべき正当の理由を有する第三者とは同条が取引の直接当事者間に特殊な事情があることを理由に、取引の安全を図ろうとする趣旨に鑑み、手形行為の直接の相手方に限るものと解すべきであるから前段認定のとおり、同条にいう正当の理由を有しない池田から本件手形の裏書譲渡を受けた原告は、たとえ、そのような正当の理由を有していても同条の適用を受けることはできないものといわなければならない(前示最高裁判所昭和三十六年十二月十二日判決参照)
したがつて原告の民法第百十条による表見代理の主張は失当である。
(四) 原告の商法第二百六十二条の主張について
同条は、取締役には、代表取締役と、代表権限を有しない取締役とがあるにも拘らず、代表権限を有しない取締役が、あたかも会社の代表権限を有すると認められるような名称を用いたため、その者に代表権限があると信じて取引した第三者を保護するため、会社をしてその責に任ぜしめたものと解すべきであるから、同条により会社が責任を負うには、会社を代表する権限を有するものと認められる同条所定の名称を附することを許された取締役がその資格においてなした行為につき、第三者がその取締役に代表権限があると信じたことを必要とするものというべきである。
今、これを本件について見るに、既に前記(一)において認定したとおり、本件手形の振出当時、服部は、被告会社において、常務取締役の名称を使用することは許されていたけれども、本件手形は、服部が、常務取締役の資格において、その名称を使用して振出したものではない。したがつて受取人池田、更にはその後の取得者である原告は、服部が常務取締役の資格において本件手形を振出したため、服部に被告会社の代表権限があると信ずるということは、考えられないところである。
そうすると、本件手形の振出に、商法第二百六十二条が適用される理由はない。したがつて、この点に関する原告の主張は、失当であるといわなければならない。
(五) 原告の商法第三十八条の主張について、
支配人とは、営業主に代り、その営業に関する一切の裁判上、又は裁判外の行為をなす権限を有する商業使用人をいうのであるから、かかる法定範囲の包括的且つ不可制限的な代理権を有するのがその本質である。
しかるに服部は、既に前記(一)に見た如く、被告会社本店において営業部門を担当し被告会社の営業経費支払のため、代表取締役の記名捺印を代理し、約束手形を振出す代理権を有していたにすぎず、他に法定範囲の包括的、且つ不可制限的な代理権を有する支配人であると認めるに足りる証拠はない。
したがつて原告のこの点に関する主張は、その余の点について判断するまでもなく、失当であつて採用することができない。
以上(一)ないし(五)に判断したとおりであるから、原告の第一次請求は、いずれも失当であるといわなければならない。
第二、そこで進んで原告の第二次請求について判断する。
本件手形は、服部が、無権限で、自己の関係する神社復興並びに金鉱開発の資金調達の目的で、他から割引を受けるよう依頼し、その事情を知る池田に宛て、被告会社名義で振出したことは既に認定したところである。そして原告が、池田から本件手形の裏書譲渡を受ける際、かかる事情を知つていたこと、及び知らざるに過失があつたと認められる証拠はない。
ところで、前記甲第一号証の記載及び証人池田繁一の証言並びに本件口頭弁論の全趣旨を綜合すると、原告は、本件手形を昭和三十四年四月二十二日、手形金額三十万円から、右同日以降支払期日である同年七月十日まで計八十日間の百円につき一日金三銭の割合による利息七千二百円を控除した金二十九万二千八百円を割引金として池田に交付して、これを取得したが、原告は支払期日に本件手形を支払のため呈示して支払を求めたのに、被告会社から支払を拒絶され、また裏書人である池田は、償還義務を果たす能力がないことを認定することができ右認定を覆すに足りる証拠はない。
以上の事実によると、原告は服部の故意により、右手形割引金相当の金二十九万二千八百円の損害を蒙つたものというべきである。
そこで服部の不法行為につき被告会社に責任があるか否かの点につき判断する。
服部は、既に認定したとおり、被告会社の常務取締役ではあつたが、代表権限を与えられていたものではなく、被告会社の営業部門を担当し、代表取締役の決裁承認を受けた上、被告会社の営業経費の支払について、代表取締役の記名捺印を代理して約束手形を振出していたにすぎないから、服部は被告会社の取締役とはいえ、代表取締役の指揮監督の下にあつたものというべく、民法第七百十五条の適用上は、同条にいう被用者というに妨げなく、また同条にいわゆる事業の執行につきとは、被用者の職務の執行行為そのものには属しなくても、その行為の外形から観察して、あたかも、被用者の職務の範囲内の行為に属するものと認められる場合をも包含するものと解すべきであるから、既に認定したように、いやしくも被告会社の営業部門を担当し、代表取締役の記名印、印鑑等を保管し、被告会社の営業経費の支払については、代表取締役の記名捺印を代理して約束手形を振出す権限を有していた服部が、その権限を濫用し、本件手形を振出したことは、服部が被告会社の被用者として、被告会社の事業の執行につきなしたものと認めるのが相当である。
そうすると、被告会社は、使用者として、服部が被告会社の事業の執行につき原告に加えた前記損害を賠償すべき義務あるものといわなければならない。
第三、結論
以上に認定判断したとおりであるから被告会社に対し本件手形金の支払を求める原告の第一次請求は、失当として棄却すべきであるが、前記損害金二十九万二千八百円及びこれに対する損害発生日の後である昭和三十六年三月二十四日以降完済に至るまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める原告の第二次請求は、正当として認容すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十二条、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を各適用し、なお仮執行免脱の宣言は、これを附さないこととし、主文のとおり判決する。